完璧からはほど遠い
「なんの騒ぎ?」

 凛とした声が響いて、一斉に視線がそちらへ動いた。みんなが一目置いている人間の声だったからだ。

 すっと背筋を伸ばして立ち、険しい顔立ちでこちらを見ていたのは成瀬さんだった。

 会社では仕事のこと以外、成瀬さんとしゃべる機会などない。プライベートで見る彼と違い、どこか厳しく冷たい目をしていて、私はなんだか心がどきりとした。

「あ、成瀬!」

「高橋さんが泣いちゃってて。佐伯さんが厳しく指導しすぎたみたい。佐伯さん大分声荒げてて」

「大丈夫? 高橋さん」

 黙って話を聞いている。そんな成瀬さんと、バチッと目が合った。彼の鋭い目が、すうっと細くなる。私は体を強張らせ、何も答えられずにいた。叱られている子供のようだ。

 成瀬さんはこちらに歩み寄る。そしてまず、高橋さんの正面に立った。そして淡々という。

「第三者の話だけを聞くのはよくない。本人の口から聞かないと。
 佐伯さんはなぜそんなに高橋さんに怒ってたの?」

 高橋さんは、少しだけ視線を泳がせた。小声で答える。

「プライベートなことなので、ここでは……」

「プライベート?」

 成瀬さんの眉間に少し皺が寄る。

「まあ仕事中にプライベートな話は一切するな、なんてことはありえないけど、でもそれで揉めるのはどうなの?」

「いえ、それで! いつも佐伯さんは厳しくって、それで私がほかの人に教えてもらおうとすると止めろって怒ったり」

 周りの社員たちは一斉に私を見る。思えば、高橋さんに仕事を頼まれて嬉しそうにしていた社員ばかりだった。私がいい返そうと口を開くより先に、成瀬さんの声が飛んだ。

「佐伯さんは意味もなくそういうことをする人じゃない。ほかの人間に頼りすぎて高橋さんが成長しなくなるのを危惧したのでは?」

「え?」

「佐伯さんは真面目で仕事も出来る人だ、見てれば分かる。どんな時にそういわれたの? 厳しいというのは言い方? そうなら一体どんな言い方? 今泣いてた直接的な原因は何を言われたから?」

 質問攻めに高橋さんが黙る。周りの人たちも息をのんでそれを見守った。

 私はなにも声を発せずただ心臓が痛いほどに鳴っているのを手で押さえていた。圧倒的な悪役だった自分の話を、成瀬さんはしっかり聞こうとしてくれている。

 答えない高橋さんを置いて成瀬さんんがこちらを振り返る。
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