完璧からはほど遠い
「じゃあ、指導係じゃないにしても、手が空いてる時は分からないこととか、教えてくれますか?」

「それはまあ、いいけど」

「やったー! ありがとうございます!」

 ぴょんと跳ねて喜ぶ。私と今泉さんは無言で顔を見合わせ、そして静かにため息をついた。

 そしてようやく、誰からともなくその場は解散された。高橋さんは成瀬さんの隣りに肩を並べ、何やら嬉しそうに話しかけている。

 私はもうコーヒーなんて買う気にもなれず、その場でがくっと座り込んだ。

「佐伯さん! 大丈夫!?」

「今泉さん……フォローありがとうございました……もう私、完全に悪役にさせられてて」

「途中からしか見てないけどなーにあれ。佐伯さんが厳しいとか、よく言えるよね。あの子のせいで佐伯さんの仕事量とか増えてるっていうのにさ、どの口が言うねん」

「まあ、これで指導係から解放されるならもういいです……」

 疲れた。どっと疲れた。怒りとかより、それが先だ。

 指導係から外されれば大分肩の荷が降りるだろう。ストレスも半減だ。

 今泉さんがやや声を潜めて言った。

「でもさ、成瀬さんさすがだったね。すごく佐伯さんの味方してたじゃん」

「あ、は、はあ」

「好感度爆上がりしちゃった。ちゃんと見てるなーって思ったよ。あの様子なら大丈夫、きっと上にも成瀬さんから上手く言ってくれるよ。佐伯さんが変な噂されることはないんじゃないかな」

 確かに、完全にみんな高橋さんを信じていたところに、成瀬さんが入ってきてくれてひっくり返った。元々周りから一目置かれる存在なので、こうなるのは自然なことだ。

 私は故意に人を傷つけたりしない、って断言してくれた。きっぱりと……。

(……嬉しかったな)

 頬が熱い。ああ、でもお礼を言いそびれてしまった。

 私はややドキドキする胸を押さえながら、会社の外で必ずお礼を言おう、と心に誓った。



 今泉さんが言うように、成瀬さんが上手く上司に説明してくれたようで、スムーズに指導係は変更になった。(女子社員たちは元々感づいていたようで、労いの言葉と高橋さんへのいら立ちを口にしていた)

 結局彼女の指導係は成瀬さんではなくほかの男性社員になった。

 しかしそれ以降、何かあるたび成瀬さんのデスクに相談しに行く姿を頻繁に見るようになる。

 その姿をみるたびに、もやっとした気持ちになるのはなぜなのか。

< 46 / 156 >

この作品をシェア

pagetop