完璧からはほど遠い
「成瀬さん!?」

「あー、うん、ごめん、大丈夫」

 そう無理に笑う彼の横顔は、暗闇でも見て分かるほど赤かった。もしや、と思い、私は許可も得ないまま彼の首元に自分の手のひらを当てた。

 目を丸くする。とんでもない熱があったのだ。

「成瀬さん、凄い熱ですけど!」

「あー、平気平気。帰るだけだし」

「わ、私が今日雨の中散々走らせたから……」

「佐伯さんのせいじゃないよ。大丈夫だから」

 そう力なく笑うも、彼の足はどこかふらついている。すべてが片付いて、ほっとしたせいだろうか。一気に症状が出たようだ。もしかして、熱があったのに無理して私に付き合ってくれていたのか。

 完全に私のせいだ。こんな寒い中雨に濡れちゃったし。

「送ります! 電車は無理ですよ、タクシーで帰りましょう」

「あー、じゃあタクシー捕まえてもらえるかな、あとは一人で帰るから」

「ちょうど来ました!」

 遠くから見えるタクシーを慌てて拾う。成瀬さんは頭を抱えながら顔をしかめている。頭痛などもあるのかもしれない。

「成瀬さん家どちらですか?」

 質問の答えを聞いて驚く。なんと、近所ではないか。私は最近今のアパートに越したばかりなので気づかなかったが、いずれ駅などでバッタリ会っていたかもしれない。

 それを伝えると、彼も驚いたように目を丸くした。

「そんな近かったの? じゃあ佐伯さんも乗ろう。俺が払うから、まず佐伯さんの家に寄って行こうか」

「え、そんな」

 慌てて辞退しようとしたところ、タクシーが止まり扉が開かれる。タクシーと成瀬さんに挟まれた私は、ここで時間をとるのももったいないと思い、そのまま素直に乗り込んだ。

 行き先を告げ、扉が閉じられる。成瀬さんは座ったと同時にぐったりと首を垂れた。やっぱり大分辛いらしい。

 静かに車は発進した。タクシー独特の匂いと雨の匂いが混じり、どこか不思議な感覚に感じる。
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