完璧からはほど遠い
「すみません、あの、少し前まで成瀬さんとは話したこともなかったのに、こうして向かい合ってるのが不思議でならなくて」

「確かにそうだったね。忙しいし雑談する機会もなかったね」

「忙しいのが原因といいますか……」

「まさか佐伯さんにご飯を作ってもらう日が来るなんて俺も予想外だよ。いつもありがとう」

 そう笑いかけてくれる彼の顔を見て、ふわりと体が浮いた錯覚に陥った。なんだか、自分の体の中から毒素が全て抜けていくみたいな、そんな不思議な感覚だ。そして、心からじんわりぬくもりがあふれ出てくるような。

「お、お礼を言うのはこちらです」

「え? 何かお礼言われるようなことしたっけ俺。叱られてばっかかと思ってた」

「私と高橋さんが揉めてるとき……成瀬さんが庇ってくれました」

 やや小声でつぶやくと、成瀬さんは思い出したようにああ、という。

「別にそんな」

「あの状況、私が圧倒的に悪にされちゃって……声を荒げたのは私が悪かったんですけど。でも、誰も何も聞かず高橋さんを信じてたから、成瀬さんが話を聞いてくれて嬉しかったです。ありがとうございました」

 私は頭を下げる。成瀬さんは静かに水を飲みつつ答えた。

「別に大したことしてないよ。俺は普段から言ってるけど、佐伯さんは真面目で人の成功も喜べるいい人って分かってるからさ。故意に誰かを攻撃するなんて考えられないんだよね。厳しいならそれなりの理由があると思うし。でも、ちょっと安心したな」

「何がですか?」

「なるべく中立を保つつもりだったのに、佐伯さん贔屓になってた自覚があるから。俺と親しいって知られたくないのに、余計なことしちゃったかなって」

 目を細めてそう言った顔を見た途端、心臓が突然暴れだした。

 痛い。胸が痛い。さっきまでリラックスしてたのに、急に全身に力が入ってしまった。

 一体どうしたというんだ、私は。
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