完璧からはほど遠い
 雨でぬれた地面に街灯やヘッドライトが反射し、綺麗だ、と思った。水の中を走るタイヤたちが派手な音を立てて進んでいく。

 隣の成瀬さんがぶるっと体を震わせた。悪寒があるんだ、熱はさらに上がるかもしれない。

「成瀬さん、先に成瀬さんの方に行きましょう。早く帰宅して着替えた方がいいです」

「いやでも」

「タクシー代はまた今度会社で払ってもらいますから、ね!」

 もちろんそんなもの受け取るつもりはない、今日一日私のフォローをしてくれた労力を思えばタクシー代じゃ足りないくらいだ。成瀬さんはようやく頷いた。

 しばらく車は進み、やっと成瀬さんのマンションの前にたどり着いた。そこでさらにギョッとする。私の住むアパートと、目と鼻の先。まさかここまで近所だったとは。

 私が隣を見ると、彼は息を荒くしながらぐったりしている。

「成瀬さん、つきましたよ」

 恐る恐る声をかける。彼は頷くが、動けそうにない。これ、ちゃんと部屋まで行けるのかな。心配になってきた。

 私はタクシーに代金を支払い、部屋まで送ろうと心に決めた。肩を支えると何とか歩けた成瀬さんは、朦朧としてるのか何も言わないまま私に従う。触れた体は、さっきよりさらに熱くなっていた。

 部屋番号を聞くと微かに答えてくれる。エレベーターに乗り、そのまま進む。鍵すら出せそうにない成瀬さんに断りを入れ、鞄を拝借し鍵を取り出した。

 勝手に開けてすみません、でも緊急事態だから!

 謝りながら扉を開いた瞬間、まず驚いた。

 玄関にどんっとおいてあったのはゴミ袋だったからだ。しかも中身は大量のカロリーメイトの箱。いろんな味を試しているらしい。もう一つの袋はペットボトルのゴミ。

 へえ……成瀬さんも朝ごはんとかはこういうのですましちゃうのかな。男性はそんなもんだよね。だいぶゴミが溜まってるみたいだけど、出し忘れたのかな。

 私はそう一人納得しつつ、隣の成瀬さんに声をかける。

「靴脱げますか、私はここで」

 そう言い終えようとしたとき、彼の体が大きくふらついた。慌てて支えようとして、二人一緒になって廊下に倒れこむ。こりゃだめだ、成瀬さん本当に重症だ。

 私は何とか彼を引っ張りながらとりあえず廊下を進む。部屋の構造も分からないので適当に近くの扉を開けてみたら、ベッドが一つだけ置いてある寝室だった。ビンゴ、寝かせるぞ!

 と思った時、成瀬さんのスーツは雨で汚れてしまっていることを思いだした。このまま寝かせちゃ悪化するではないか。

「成瀬さん着替えできますか? 成瀬さん!」

「うん……」

 かろうじて返事が聞こえてホッとした。彼は力なくベッドに腰掛けると、そのままジャケットを脱いだので慌てて背を向ける。私があの成瀬さんの裸をお目にするわけにはいかん、女子社員に殺される。

「あ、えっと、あのーお水ぐらい持ってきます、冷蔵庫とか見てもいいですか?」

「ん……」

 うんだかううんだか分からなかったが、確かめるつもりはなかった。このままベッドに寝かせるだけでは危ない、水分と、できれば薬とか飲まさなければ。

 私は心の中で謝罪しつつ、寝室を後にしてリビングと思われる扉を開けたのだ。

 唖然とした。

 え、引っ越ししたて??
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