完璧からはほど遠い
「そういえば佐伯さんの家って知らなかった、こっちだっけ?」

「あ、そうなんです、本当に目と鼻の先なんです」

 駅からしばらく歩いたところで、自分の住むアパートが見えてきた。いつも私ばかり成瀬さんを訪ねているので、自分の家がどこなのか説明する機会がなかった。熱々カレーをそのまま食べられるぐらいの距離なのだ。

 そして、自分の家が見えてきてしまったことに気分が落ちた。そんなこと、これまでの人生で初めてのことだった。ああ、一日が終わる、と思ったのだ。

 これが何を意味しているのか、自分でも気が付いていた。

 絶望の気持ちで見慣れたアパートを見上げる。一歩一歩が憎くて辛い。進むな、足。

 ついの目の前までたどり着き、足を止める。成瀬さんは私の気もしらず、明るく言う。

「本当に近いんだ、すぐそこだ」

「そ、そうなんです、あっという間で」

「おかげで佐伯さんにはお世話になってるから、この偶然に感謝しなきゃ。
 じゃあ、今日はありがとう、おかげでテーブルも買え」

「ゆ、夕飯食べていきませんか!?」

 切り上げようとした成瀬さんに、言葉を被せて言ってしまった。つい口から出てしまった誘いで、言ってしまった後自分でも後悔した。軽率な言葉を言ってしまった。

 さすがの成瀬さんも驚きで目を丸くしていた。私は慌てて説明を足す。

「だ、だって私の部屋のテーブルを選ぶ約束です!」

「そうだったね」

「それに、このまま帰ったら成瀬さん絶対晩御飯食べないでしょう。家で簡単に作るから、食べてってくれれば運ぶ手間も省けますから」

「確かに!」

 尤もらしい理由を並べると彼は素直に納得した。私の言葉の裏にどんな気持ちがあるのかなんて、まるで感づいていない顔だ。成瀬さんはニコニコとして私の誘いに乗った。

「じゃあお言葉に甘えてもいいかな?」

「はい!」

 私は元気よく返事を返し、そのまま二人で中に入った。だが同時に、勢いだけで誘ってしまったものの、部屋の状態は大丈夫だったかと心配になってくる。以前は頻繁に大和が来てたから綺麗にしてたけど、最近はちょっと手を抜いてたけど……!

 しまった、ちゃんと掃除してピカピカにしてから招待した方がよかったのでは!? なんて過ちを犯したんだ自分だ。
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