完璧からはほど遠い
「ありがと。でも帰るね、図々しくも上がってごちそうになっちゃった。もう暗いし」

「そ、うですね……」

「よし皿ぐらい洗ってみせよう」

「あ、大丈夫ですよ! 洗い物少ないですし、お皿買ってもらったお礼ですから。置いといてください」

「ほんとに? 悪いね。そうだ、テーブル、ラインで送っておいたから! あとで見ておいて」

「ありがとうございます」

 成瀬さんは立ち上がり、今日買った荷物を手に持つ。そのままスムーズな動きで玄関へと向かっていった。名残惜しさや迷いなんて一切感じない、そんな動きだった。

 靴を履いて最後に振り返る。私は頬に命令して笑わせた。

「ありがとうございました」

「こっちこそ。おやすみ! また会社で。戸締りしっかりね」

 そう手を振った成瀬さんは、扉を開けて外へと出て行った。その背中を見送りながら少しだけ唇を噛む。バタンと閉まり、紺色の冷たいスチール製のドアが静かにそこにあった。

 じっとそれを眺める。そして、張っていた何かが緩んだように、大きくため息をつきながらその場にしゃがみ込んだ。

「何……してるんだろう、自分」

 帰り際勢いで成瀬さんを家にまで呼んで。少し近づいただけで顔を真っ赤にして、些細なことでもドキドキして……。

 ああ、もうとっくに自覚してしまっている。

 いつのまにこんなに好きになっていたんだろう。

 成瀬さんと並んで買い物すると胸が弾んで仕方ないし、食事をすればどれも美味しくてたまらない。何気ない行動一つ一つが特別で、終わってほしくないと思った。

 この時間が続いてほしくて家にまで呼んでしまった。

「……絶対苦労するじゃん」

 会社では有名人な成瀬さんだからライバルは多いし、一見かっこいいわ仕事出来るわで釣り合ってない。

 でも家に帰ると全然動かないし家事出来ないしご飯すら食べれないし、私は彼のお母さんになりたいわけじゃない。絶対苦労する相手だって、沙織にも断言してたはずなのに。

……なにより。

「男女が部屋にいてなんもなしか。意識すらされてなさそうだった」

 ぽつんと自分の声が寂しく落ちた。

 そりゃいつも部屋に男女二人ですよ。でも今日は成瀬さんの家じゃなくて私の家だから、普段とはちょっと違う雰囲気になるかもしれない、なんて思ってしまうのは普通じゃないだろうか。

 でもまるでそんな雰囲気はなかった。成瀬さんは本当に私の部屋のテーブルを選ぶのとカレーを食べにきただけで、これっぽっちもそんな可能性を感じさせなかった。いくら何でも女としてこれはいかがなものなのか?

 痛感する。彼にとって私はやはりただの仕事仲間なのだ。だって成瀬さんの意外な一面を知ったのだってただの偶然。お金ももらってるし、家事代行の関係、それ以上何者でもない。

 がくりと首を落とした。あーあ、これから異性として見てもらうなんて出来るんだろうか。それになにより、成瀬さんは元々自分に好意を寄せていた女性の手料理にトラウマを持っている。好意を持たれていると知れば、きっと彼は私の手料理なんて食べられなくなる。

 バレれば、この関係は終止符を打つ。
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