完璧からはほど遠い
「……会社の人。それ以上は言いたくない」

「付き合えそうなの?」

「それは……」

「ほら。志乃のよさを分かってるのは俺だけだ。そんなやつやめて俺にしておけって」

 堂々巡りの会話に、私はきっと大和を睨みつけた。そして一度呼吸を整えると、一文字ずつはっきり発音するように言い放った。

「その人と付き合えなくても、大和とは戻らない。
 私はもう大和のことなんて、ちっとも好きじゃないから。
 強がりじゃない、あなたとは絶対に戻らない」

 理解してもらえるまで何度でも言うしかない。私にもう気持ちはないんだと。

 大和は黙り込む。私は指に嵌められた指輪を外し、彼の手に握らせた。これは私には不要なものだ。

 もし、もし万が一。大和があんなことをしなければ、この指輪を渡されて喜ぶ自分がいたのかもしれない。これからの人生、ずっと彼が隣にいることになっていたのかな。でもそんなの全部憶測であって、今は大和との未来なんて何も思い浮かばない。

「……とりあえず今日は帰る」

 長く沈黙が流れた後、大和がそう言った。ほっとしたものの、とりあえずという言葉に疑問を持つ。もしかしてまた来るつもり?

 指輪を乱暴にポケットに入れて立ち上がる。そのまま玄関に向かっていく大和を私は少し距離を取りながら追った。彼は素直に靴を履き、玄関の扉を開けたので、安堵感に包まれた。次は絶対訪問者が誰か確かめてからドアを開けるんだ、そう心に誓う。
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