完璧からはほど遠い
 次は絶対ドアを開けてやらない。せっかく今日は幸せな気分だったのに、一気に台無しである。成瀬さんと過ごした一日に浸りながら眠りたかったのに、これじゃあまともに睡眠すらとれるかどうか。

 げんなりしながらドアを閉じかける。だがそこで、ふと思うことがあり、私は再びドアを開けた。

 もう大和の背中は見えなくなっていた。廊下は心細い明りが点々とついているだけ。向かいには夜空が見えた。星がきれいに輝いている。何も異変はない。

「……早く寝よう」

 私は今度こそ、ドアを閉めた。






 そのまま疲れ果てた自分はぐったりしてお風呂に入りベッドにもぐりこんだ。色々あった今日は壮絶過ぎて、なかなか寝つけずにいた。

 次の日は仕事だというのに、寝不足間違いなしだ。あの元カレのせいだ、あの訪問さえなければいい夢を見ていた気がするのに。

 記憶によると、おそらく二時頃までは少なくとも起きていた。

 そして私は翌朝、すっかり寝坊して飛び起きたのである。

 

 急いで身支度をし走って駅までたどり着き、電車に乗り込み会社へ向かった。何とか遅刻にはならず仕事に取り掛かる。席に座り、離れたところにいる成瀬さんをちらりとだけ見た。

 彼は普段と変わらない様子ですでに仕事に取り掛かっていた。成瀬さんは昨日私と買い物で購入した靴を履いていて、なんだか顔がにやけてしまう。あ、カレー渡してないや。今日夜渡しに行かなきゃ。

 そんなことを考えている自分に喝を入れる。集中しなさい、仕事が始まるんだから。プライベートなことはきちんと切り離しておこう。

 ちらりと時計を見て、寝坊のため食べ損ねてしまった朝食を何とかしよう、と思った。とりあえず自販機で甘い飲み物でも買ってこようか、頭が働くようにね。

 私は財布だけを持って自動販売機に向かう。

 砂糖の入ったコーヒーか、ミルクティーか、いっそのことジュースにしようか。くだらないことで悩みながら歩いていると、前に沙織の姿を発見した。私は小さくを手を振ってみる。

 が、相手は私を見るなり凄い形相になった。振っていた手はびくっと止まり、またしても何か私は彼女の逆鱗に触れるようなことをしてしまったのか、と慌てる。

 沙織は足早にこちらに近づき、私の腕を強く引いた。廊下からやや離れたところで、小声で言う。
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