完璧からはほど遠い
「ねえ! 何でライン見てないの!?」

 切羽詰まったような言い方に、私も何事だろうと緊張感を高めた。

「え、ごめんラインしてくれてたの?」

「今日の朝送った!」

「寝坊しちゃって。なんかあった?」

 朝バタバタしていてすっかりラインの通知を見落としていたらしい。沙織は一瞬周りに人がいないか確かめてから、潜めたで言った。

「大和とヨリ戻したの?」

「は???」

 思ってもみない質問に変な声が漏れてしまった。沙織は私が大和と戻るつもりがないことなんて知っているはず。ちなみに高橋さんと揉めてしまったことや大和に復縁を迫られたことは電話で愚痴っているので知っている。昨晩のことはさすがにまだ報告していないが。

「いやいや、そんなわけないよ、どうして?」

 首を傾げて聞いてみると、彼女はやっぱり、という顔をした。嫌悪感に満ちた表情で顔をゆがめ、私にいう。

「大和が志乃と結婚する、なんて噂が同期の中で出回ってて」

「……はあ?」

「どうやら大和本人が誰かに言ったみたい、それで」

 目が点になる。一体何を言われたのか理解が追いつかなかった。

 私と大和が付き合っていたことは、そんなに公にはしていなかったが、仲のいい同期たちは勿論知っていた。だが、浮気されて別れた、ということは沙織にしか話していなかった。あえて言わなくてもいいか、と思ったのだ。あまり人には言いたくなかったというのもある。だが、短期間だが高橋さんと付き合っていたので、私たちが別れたということを感づいた同期はいるかもしれないが。

「ちょ、ちょっと待って何かの間違いじゃない?」

「間違いだと思ったから志乃本人に聞いたんだよ! 何か昨日の夜『結婚するらしいね』みたいなラインが届いてさ! 誰から聞いたのって聞いたら大和って言うんだよ」

「……」

「どうなってんのあんたたち?」

 こっちが聞きたい。

 どうなってるんだあいつの脳みそは! 

 私はふらつき頭を抱えながら、沙織に昨晩起きた出来事を話した。家に突然来てプロポーズしてきたこと。まるでその気はないので冷たく断ったこと。諦めないと言って帰ったこと……。

 沙織は真剣な表情で聞いていたが、途中から恐怖映像を見るかのような顔になっていた。ドン引きの他何者でもない顔だ。

「ええ……あいつ、そんなやつだっけ……? 完全にイッちゃってるじゃん……」

「いやほんとに。そもそも向こうが浮気したくせにやたら上から目線だしさ……」

「ってことは、外堀を固める作戦に出たってことかな? 作戦って呼べるほどのこともないね、志乃が否定すればそれで済むし、自分は虚言するやつだって見られるのに分かってないのかな。あ、それともプロポーズする前に誰かに喋ってたのか。いやどちらにせよやばいな」

「大和が何を考えているのか全然分かんないよ」

 混乱して呟く私の肩に、沙織が手を置いた。

「とりあえず噂は任せて、私がちゃんと同期みんなに嘘だって言っておくから。あーでも、志乃の部署の子と浮気されて、って言うのは伏せたいよね? とりあえず大和がなんかやらかして志乃が振ったのを、あいつは復縁したがってる情けない奴って教えておくから」

「沙織~……」

「志乃はとにかくぶれない姿勢を貫きな。家に来るのが続くようなら警察呼ぶよって言って、本当に相談した方がいいかも。あいつやばいよ」

「うん、最悪そうなるね……」

「引っ越した方がいいんじゃない?」

 確かに、引っ越せば大和が来ることはなくなるだろう。その方が私も安心するので望ましいのだが、少し前に越したばかりで資金の方が辛い。

 それに……家が離れては、成瀬さんに料理を届けに行けなくなる。

「それは、もう少し考えてみる」

「そう? 誰かボディガードにでもなってくれればいいんだけどねえ。あ、あの人どうした、ご飯与えるバイトの」

「与えるってペットみたいな。
 えーと、うん、相変わらず続けてるけど、その人は……」

「好きなら告白して付き合ってもらえばいいじゃん」

「いやいや……って、え、なんで好きだって知ってるの!?」

 以前話した時、沙織は確かに『新しい恋』と呼んでいたが、私はきっぱり否定したはずだ。成瀬さんということも言っていないし、なのになぜ未だにそんなことを言ってくるんだろう?

 きょとんとしたのは沙織だ。

「え、大和に『好きな人がいる』って断ったって言ったの志乃じゃん。そしたら分かるよ、ご飯くんのことだって」

「ご飯くん」

「てゆーか前話聞いたときからそう思ってたけどね。志乃は違うって言ってたけど、ならあんなに楽しそうな顔で話さないって」

 指摘され、顔が熱くなった。

「そ、そんなに楽しそうにしてた……?」

「無茶苦茶ね。
 新しい男が出来れば大和もさすがに諦めるんじゃない? 守ってももらえるしいいことづくしだと思うんだけど」

 沙織は名案だとばかりに言ってくれるが、私は苦笑いして俯いた。
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