完璧からはほど遠い
翌朝、ちゃんと出勤した。
プライベートは仕事に持ち込まない、それは身をもって学んだことだ。私は会社でしっかり切り替え仕事を行っていた。成瀬さんも相変わらずキレキレの仕事ぶりで、なんだか前の関係を思い出した。
少し前まで、私と成瀬さんはこうだった。業務事項以外ほとんど話したこともなくて、あっちは営業部のエース。私は憧れの眼差しで見るしかなかったんだ。今が特殊なだけで、これが本来あるべき姿だったとも言える。
落ち込む心を何とか持ち上げながら仕事をこなす。定時も過ぎもう上がろうと準備をした。辺りを見てみると、成瀬さんはまだ帰らないようでパソコンに向かっている。今日も残業らしい。
私は簡単に周りに挨拶だけ行い、そそくさと電車で家に帰った。あまり暗くなりすぎないうちに帰宅したかった、というのもある。
とはいえ冬の日は短い。とっくに辺りは暗くなり始めており、私はあたりを気にしながら、そしてなるべく人通りの多い場所を選んで帰った。成瀬さんに作る予定がないのなら自炊をする気力も湧かず、途中のコンビニで弁当を買っていく。
袋を右手にぶら下げながらゆっくり歩いていると、自分のアパートが見えてきた。帰ってもう寝よう、と思いふと自分の部屋を見上げた時、私は慌てて物陰に隠れた。
アパートの部屋の前に、大和が待っていた。
一人扉の前に立ち、スマホを眺めている。急いで見つからないように背を向けてその場から立ち去った。すでに家の前にいるんじゃ、もう入れるわけがない。
どうしよう、あいつ本当にやばいかもしれない。これはもうストーカーと言っていいんだろうか。本気で引っ越しを考えねばならない。でもどうしよう、成瀬さんの家の近くにいいアパートなんかあるかな。そんな都合のいいものがあれば一番いいけど、まず引っ越しすら大和に気づかれずに出来るかどうか。
何とか大和に見つからず遠ざかることができたようだ。さて困った、家に帰れないとなればどうするか。選択肢は限られている、一番現実的なのは沙織の家に泊まらせてもらうことだ。
私は早速メッセージを打ち込んだ。大和が家の前で待ち伏せているので入れない、泊まらせてくれないか、と。案外返事は早く来た。そこには大和への怒りの声が羅列されていたのと、泊まるのはいいが仕事がもう少しかかる、との返事があった。
待つのは構わないことを伝え、どこかで時間を潰してから泊まりに行くことを伝えた。沙織からOKの返事をもらったので、とりあえず今晩の宿泊先は確保された。
そうだ、泊まるなら歯ブラシとか買っておくか。あ、時間もあるし不動産屋に行って物件を見てもらおうか。いいところがあればキープしておいて、すぐにでもあの家を出たい。
私はそう心に決め、すぐさま不動産屋へ向かった。