完璧からはほど遠い
結果は惨敗だった。
成瀬さんのマンションから近い場所を中心に探したが、そう都合よく空いている部屋は見当たらなかった。それに引っ越すなら、今度はオートロックなどついているところがいい、などと希望を出すとなお限られる。担当してくれたやたらギラギラした目のおじさんは、私が出す条件に何度も苦笑いした。多分ないんだろうな。
結局いくつか候補をプリントアウトしてもらい帰宅した。どれも、成瀬さんのマンションに行くのに徒歩では厳しい場所ばかりだった。ため息をつきながら薬局にも寄る。
随分時間がつぶれたところで、やっと沙織の家に向かい始めた。沙織は『通勤時間をなるべく短くするのが賢い人間だ』というポリシーから、会社近くのアパートに住んでいる。なので、私はまた会社の方面まで戻る羽目になった。
寒さに震えながら沙織のアパートを目指す。丁度、仕事が終わったと連絡が来たところだ。今日は沙織にとことん愚痴を聞いてもらおう、今後についても相談したい。ちょっとやばいことになってるからなあ、これからどうしよう。
ぐるぐるといろんなことを考えながら、一人歩いていた。コンビニ飯と薬局で買い物した袋をぶら下げ、なんだかみじな姿に思えた。何もかもうまく行かなくて、泣いてしまいそうになるのを必死に堪え、とにかく沙織の家を目指す。
と、耳に聞きなれた声がした。
「えーそうなんですかあ! おもしろーい」
高い声色。私の神経を逆なでするその声を、聞き間違えるはずがなかった。私の目は反射的にそっちへ向かう。だが次の瞬間、私は驚きで歩いていた足を止めた。
「さすが成瀬さんです!」
「はい、ついた」
「はーい」
一瞬だけ見えた姿。近くにあった雰囲気のある飲み屋、そこの扉に入っていく後ろ姿。一人はびしっと決めた巻き髪にヒール、あともう一人はスーツを着た背筋の伸びた男性。だがすぐに扉が閉まり、二人の姿は見えなくなった。
ぽつんと、一人残される。
……成瀬さんと、高橋さん?
唖然としたまましばらく立ち尽くしたあと、私は無言で背を向けた。そして頭の中が真っ白で何も考えられないまま、その場から駆け出した。