完璧からはほど遠い
 そこまで言いかけた沙織は、何かに気が付いたように表情を変えた。が、すぐに口を閉じる。そして目を閉じて首を振った。

「いやいや、第三者の私が余計な詮索や憶測をしてごちゃごちゃさせてはいかん。
 志乃! 告白しな!」

 突然そんなことを言って来たので、私は飲みかけていたお茶でむせ返ってしまった。ゴホゴホと咳をしながら沙織を非難する。

「無理だよ! 言ったじゃん、部屋に呼んでもなんもいい雰囲気にならなかったんだよ、女として見られてないよ!」

「一般的に考えたらそうかもしれないけど、あんな変人を一般論で考えるな」

 どうしよう、凄く納得してしまった。ごくりと唾を飲む。

 成瀬さんに普通は通用しない。ご飯を食べるという最低限の生活も出来ない人間に、普通の恋愛論など意味ないのか。

 だが、私は未だ俯いている。

「というか……それでもし上手く行ったとしても、果たしてちゃんと付き合えるのか……お母さんみたいになって終わりなんじゃ」

「それは志乃の腕次第」

「いや、でもやっぱり私が告白したとしても、付き合えるなんて考えられない。プライベートはともかく、仕事中はあんなにすごい成瀬さんが」

「志乃。気づいてる? 志乃は全部自分で考えて自分で答えを出してるよ。
 そこに成瀬さんとちゃんとした会話は何一つない。なぜ今急に会えないのか、ぶりっ子と二人で飯に行ったのか、自分を女として見てないのか、全部向こうの口から聞いてないじゃない」

 そう言われハッとした。

 確かにそうだ。私は話したいことがある、ということだけは伝えたが、あとは何も伝えてないし聞いてもいない。

 沙織はさらに続ける。

「話を聞いてると、どう考えても成瀬さんの行動は唐突だし何か原因があるのは確か。まあ、もしかしたらぶりっ子と上手く行きだした、なんて最悪の答えがないとも言えないけど、それならそれでちゃんと聞かないと。志乃は進めないじゃん」

「……確かに、そうだね。もし高橋さんと付き合うってなれば、私が持ってる成瀬さんの合鍵、返さなきゃ」

 自分のカバンを見る。成瀬さんから預かった鍵は、しょっちゅう使用していた。あれで家の中に入り、寝ている彼にご飯を渡すのだ。

 もし成瀬さんに彼女が出来るとしたら、こんなもの持ってていいわけがない。
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