【WEB版(書籍化)】バッドエンド目前の悪役令嬢でしたが、気づけば冷徹騎士のお気に入りになっていました
「こらっ、はしゃぐな。危ないだろう」

「すっごく嬉しくて。ビッキー、ごめんね」
 
「私は大丈夫ですよ」

 ありがとうございます、と支えてくれたお礼を言い、私は素早くアシュレイから体を離した。彼もまた、私から一定の距離を取る。


 この仕事を失いたくなければ、私のすべきことは二つ。

 一つ目は、イアンの良き先生であること。
 
 二つ目は、アシュレイに対して個人的な感情を抱かないこと。
 
 
 私はまだ、男性に熱烈な恋愛感情を抱いたことはないけれど、恋は時に冷静な判断を鈍らせ、ひとを愚かにさせるものだと思う。オスカーとエリザのように。

 彼らのような脳内お花畑の浅慮(せんりょ)な人間にはなりたくないし、もう愛や恋だのに振り回される人生はごめんだ。
 
 私は姿勢を正すと、改めてアシュレイに向き直った。
 
「クラーク様、どうかご安心下さい。これは仕事だと、私はきちんと理解しております。決して私情は持ち込みません」

 言外に『あなたに惚れて、面倒事を起したりしません』と告げると、アシュレイは私の言葉の意図に気付いたのだろう。安心したように少しだけ肩の力を抜いた。

「俺のことは、どうかアシュレイと。イアンを頼みました」

「はい、アシュレイ様」
 
 
 こうして、私の住み込み家庭教師生活が幕を開けた――。
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