僕の欲しい君の薬指
鍵を開けたくない。開けたら地獄が待っている。だけど冷静に考えてみれば、私が入学した大学の付属高校にこの子が入学している時点でもう地獄だ。
まだ一ヶ月も経過していないのに、すっかりこの子の存在は大学中で囁かれる程に浸透してしまっている。それもどれを取っても嫌な噂はなく、世論は完全にこの子の味方だ。いっつもそうだ、涼海 天糸には常に追い風が吹いている。
そして彼を厭く思っている私は、いつだって悪者であり弱者である。
「ふふふっ」
「何が可笑しいの」
私を一瞥して、肩を揺らす天糸君の上品な笑い声が耳に纏わり付く。奇怪な相手に眉間に皺を刻んで顔を顰める私の声は情けない事に震えていた。
「だって可笑しいだもん。月弓ちゃん、今日の今日まで上手に僕から逃げられたと思っていたんでしょう?」
「……」
「僕から逃げられる訳ないのにね」
「馬鹿にしないでよ」
「馬鹿になんてしてないよ、可愛いなって思ってるの」
それを馬鹿にしてるって言うんだよ。年上を揶揄からかうのがそんなに愉しい?
「この世で一番可愛いよ」
「やめて」
「誰よりも可愛いよ、月弓ちゃん」
繋がれた手をゆっくりと上げた彼は、薬指と小指に絡め取られている私の左手薬指へ徐に唇を落とし、私の薬指の指先へと甘く甘く噛み付いた。