僕の欲しい君の薬指

。。。35




もしもこの感情に蕾がついたとして、それが花開いてしまったらどうしよう。思案しただけでも苦しくなる。

…だから逃げた。誰にも告げず、自分の両親にすら打ち明けぬまま大学を決めて私は逃げた。皆から天使と謳われているこの子の隣に居るのが恐くなって、この子を置いて逃げた。


嫌われても恨まれても良いと思っていたのに、この子はこんな非情な私に「愛してる」と云う。

天糸君の口から躊躇いなく落とされる「愛してる」の言葉が、私の感情を激しく揺さぶる。いつまで己の気持ちから目を逸らしているつもりなんだと責め立てる。


「天使みたい…天糸君にそう云ったのは、私が初めてなんだよ」

「……」

「天糸君の透き通っている綺麗な瞳に映されると、嬉しいけど苦しくなる」

「月弓ちゃん?」



天糸君が驚いた表情をするのは珍しいと思う。加えて、困惑した様に双眸を揺らすのもとても珍しい。

彼の熱で、脳味噌まで溶かされてしまったのだろうか。どうしてか分からないけれど、ずっとずっと蓋をしていた自分の心の奥底にある言葉を口に出してしまっていた。



「息苦しいよ。好きと云われる度に、胸が痛いの。天糸君に愛してると云われる度に胸が張り裂けそうなの」



一度蓋が外れてしまったそこから溢れ出した言葉を再び抑制するのは難しくて、意思とは関係なく私の口から零れていく。



「このまま…このまま天糸君に溺れて死ねたら楽なのに…死ねないの。いつまで経っても死ねないの」

「月弓ちゃん待って…「自分の心に嘘をつくのがもう限界だよ」」



“限界だよ、天糸君”


嗚呼、やってしまった。彼の吐息の中に消えた自分の声をやけに冷静に感じながらそう思った。

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