僕の欲しい君の薬指



彼に唇を塞がれたり、身体を愛撫されたりする事をはっきりと拒絶できなかったのは、私の弱い心のせいだ。私のしてきた数々の選択は、自分を苦しめるばかりか天糸君までも苦しめていたのかもしれない。

氷が溶けて水になり、グラスの中で檸檬紅茶と分離している。汗をかいているグラスをなぞって落ちた雫が、私のワンピースに歪な水玉を描く。



「はぁ…月弓ちゃん」



恍惚と輝く翡翠色の眼に、酷く熱の籠った溜め息混じりの甘い声が私の名前を呼ぶ。恐る恐る視線を持ち上げれば、彼の口の両端はこれでもかと云う程に上を向いていて、端的に述べると天糸君は幸せそうな貌をしている。

興奮冷めやらぬと云った様子で、私の唇を親指の腹でプニプニと刺激しては再び熱い吐息を漏らす。



「月弓ちゃん、愛してるよ」

「…っっ私の話、聴いてなかったの?」

「この世で一番、月弓ちゃんだけを愛してる」

「やめて!!!もうこれ以上苦しめないで…「苦しみなよ」」



発狂気味に荒げた声をピシャリと遮断した声は、踊っていた。



「もっと僕のせいで苦しみ藻掻いてよ」



もしかすると、涼海 天糸と云う人物は…。



「苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで」


“僕に溺れてしまえば良いよ”


私が思っている何倍も狂っていて、彼の全身を冒している狂気は……―。



「僕は永遠に月弓ちゃんを愛してる」


“だから早く月弓ちゃんも僕を愛そうね?”



私が思っているよりもずっと、危険なのかもしれない。


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