僕の欲しい君の薬指
三日月の形になった彼の唇が近づいて、すっかり彼に毒されているらしい私はキスが落ちて来るのだと思って瞼を伏せる。
だけど、どれだけ時間が経っても唇に熱い体温が重ならない。その代わりと云わんばかりに嬉しそうな彼の笑い声が耳元で響いて瞼を持ち上げた。開けた視界に捕らえた天糸君は、ニヒルで美しく貌を綻ばせた。
「時間だから少し自分の部屋に戻るね」
「時間?」
「仕事で取りに行けなかったから、次に発売されるシングルの楽譜を受け取る約束があるの。受け取ったらすぐに戻って来るね」
立ち上がって空になっている自分のグラスをキッチンに持って行った彼は、再び私の隣に戻る事無く玄関のある廊下に繋がるドアに手を掛ける。
ガチャリとドアノブが下がる音と同時にドアが開かれた。そのまま廊下へ出ると思った次の瞬間、彼が私の方に端麗な貌を向けて視線を絡め取った。
「キスされるかもって分かってた癖に、僕を拒絶もせずに瞼を閉じて受け入れようとした。それが月弓ちゃんの本心だって、僕は知ってるよ」
「…っっ」
「もう嘘をつくのも限界だね」
“後は僕に囚われて愛されるだけだね、僕だけの可愛い月弓ちゃん”
意地悪なその台詞だけをリビングに残して、私を置き去りにした彼はいよいよ本当に出て行ってしまった。