僕の欲しい君の薬指
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視界に広がる光景に驚く余り声が出なかった。榛名さんがいる。しかも天糸君と話している。相手も私の存在に衝撃を受けているのか、目を丸くして硬直している。
これは、一体どういう事なのだろうか。そう思って思考を巡らせたけれど、私の頭が答えを導き出すよりも先に目の前の状況が動いた。ドンッと鈍い大きな音が響き、次の瞬間には、形相を一変させた天糸君が榛名さんの胸倉を乱雑に掴んでいた。
その場の空気が一瞬で殺伐とした物へと変わった。呼吸すら憚られるまでの緊張感が張り詰め、天糸君の威圧感が肌に突き刺さる。
「どうして珠々が月弓ちゃんを知っているの?」
「痛いから放せ…「僕の質問に答えなよ。どうして珠々が月弓ちゃんの名前を呼んでいるの?」」
不快感を示す榛名さんを無視した彼の声は殺気と怒気を存分に孕んでいて、聞いた事のない低い天糸君のそれに心臓が大きく脈を打った。
「お前こそ月弓ちゃんって何なの?月弓とどういう関係な訳?」
「珠々は僕のお話が聞こえないの?まずは僕の質問に答えてよ」
「痛ぇんだけど」
「うるさい、さっさと答えろ」
今にも榛名さんを殴ってしまいそうな彼に、焦りが募る。仲裁に入るべきなのだろうけれど、まるで足が地面に縫い付けられたみたいに固くなっていてる。
本息で彼が榛名さんを殺めてしまうのではないか。そんな不安が胸中で浮く。翡翠色の双眸からは輝きが消えていて、彼の鋭利な視線が恐ろしい。
「ふふっ、あはは、あはははは、あーあ、成る程そういう事か」
最初に重苦しい沈黙を切り裂いたのは質問を投げられていた榛名さんではなく、狂った様な笑い声を上げた彼だった。