僕の欲しい君の薬指
いつだって余裕に溢れたニヒルな笑みばかりを湛えているあの天糸君が、今にも泣いてしまいそうだ。最初は気のせいかと思っていた瞳が秒刻みで潤んでいき、あっという間にすぐにでも零れ落ちてしまいそうな大きな雫を完成させている。
「愛おしい月弓ちゃんの身体に万が一の事があったらどうするの」
「天糸君…怒ってる…よね?」
「当たり前でしょう」
ピシャリと断言した彼が、唇を尖らせた。宝石も同然の翡翠色の双眸が、涙によって更に煌めきが増している。
「この身体は月弓ちゃんだけの物じゃないんだよ」
嗚呼、そう云えば幼い頃、天糸君はこんな風に綺麗な涙をよく見せていたっけ。そして私は、天糸君の余りにも綺麗な涙に毎回うっとりと見惚れていた。
懐かしい思い出を反芻する私の胸はこれでもかとドキドキ音を鳴らせている。
これ以上彼に涙を浮かべさせたくはない。真っ先に頭と心に浮いた言葉がそれだった。
手を伸ばして、落ちるか落ちないかの瀬戸際で風に吹かれて揺れている相手の涙を指先でそっと掬う。
「ん…さい。ごめん、なさい」
「許さない。今日という今日は許さない」
「ごめんね、天糸君」
「身を挺して誰かを庇うのはやめて。僕よりも他の人間を優先するのはやめて」
「……っごめんね」
自然に謝罪の言葉が口を突いていた。漠然とした不安が黒い霧の様に広がって私の胸を覆っていく。視界が捕らえる彼の貌が余りにも儚くて、そのまま湿度を孕んだ風に吹かれて散ってしまいそうな気がした。
「ちょっと待て天」
見つめ合っていた私達を割いたのは、榛名さんの低い声だった。