僕の欲しい君の薬指
あの子はどんな時でも純粋で真っ直ぐだ。きっと、天糸君への恋心を自覚してしまった今の私は、彼に求められれば身体を開いてしまうだろう。
つくづく脆弱な己の心が嫌になってくる。陽射しの直撃を受けているアスファルトから揺れる陽炎をぼんやりと眺めながら、顔をぐしゃりと崩した。
どれだけ思案しても名案と云える考えが出て来ず、行き詰った私は徐に携帯を取り出して独り暮らし様の物件を検索する。天糸君に知られる事無く引っ越して、連絡を絶つ位の方法しか思いつかないのだ。
だけどそれは余りにも非現実的な案で、今借りてる一室に越して来たばかりのただの大学生である私がそう簡単に引っ越しできるはずもない。実際、物件探しのサイトを見ても、手が届く物件はほぼ無いに等しい。
「はぁ…どうしよう」
重たい溜め息が止めどなく落ちる。アルバイトをしても、引っ越し資金はそう簡単に貯められないだろう。天糸君に覚られずに引っ越しできる気もしない。
私はどうするのが正解なのだろうか。一向に出ない答えに、心は錘が付けられたみたいに重くなる。群青色の空に立ち昇る様に伸びている入道雲を仰いで、夏の到来を実感していた刹那だった。
「何、月弓。引っ越す家でも探してんの?」
背後から伸びた影に私の影が呑み込まれたと同時に、右肩にだけ何かが圧し掛かる感覚を抱いた。
反射的に重くなっている方の肩へ目線だけが移る。どうにか視界に捕らえる事ができた声の主は、唇を尖らせて私の携帯の画面へ視線を落としていた。
「榛名…さん」
「あの日からずっと月弓に連絡してんのに返事貰えてねぇんだけど…てか、既読すら付かなくて流石に寂しいんだけど?」
「あっ…ちょっと待って…「てっきりあいつに携帯取り上げられてんのかと思ったのに、ちゃんと持ってんじゃん」」
不意を突いた相手が私の手に握られていた携帯を攫って、画面を指でスクロールさせた。「ふーん、この辺で物件探してんのか。でも月弓って大学一年生じゃん、引っ越したばっかじゃねぇの?」画面から視線を離して私を見下ろした榛名さんが、コテンと首を傾げている。
風に揺られて戦《そよ》ぐシャツの袖口と靡く毛先。佇んでいるだけで充分に絵になってしまう榛名さんにただただ視線が奪われる。