僕の欲しい君の薬指
その場の空気を一蹴した人物に視線が集中する。しかしながら当の本人は、へらりと口許を緩めてついでに綺夏さんの額を軽く指で弾いた。
「痛っ…ちょっと、何すんの珠々」
「目醒まそうと思って」
「はぁ?」
「誰も悪くなんかねーだろ。お前も、天も、Apisのメンバーである虎《とら》や乙兎《おと》も。そして月弓も。誰も悪くなんかねーよ。血の繋がった家族でも突然ぶっ倒れる事くらいあんだろ。Apisは全員、それぞれの仕事を全うしていたし手を抜いたりなんてしてなかった。月弓だってこうなるなんて思ってもなかっただろ。強いて言うならあいつが…天が、俺達の予想を上回る狂人だったって事だ」
あれだけ嫌悪感を露わにしていたと云うのに、案外気に入ってしまったのかお代わりのティーを注ぎながら珠々さんは淡々と言葉を羅列していく。
「綺夏が帰って来る少し前にマネージャーから連絡来てた。あいつのぶっ倒れた原因は過労よりも、数日間飲まず食わずだったのがでかいんだろ?月弓が居なくなった途端、生きる為に必要な行動全てを放棄したって事だぞ。こんなの、普通の人間の発想じゃない」
明かされた真実に私は驚愕した。数日間飲まず食わず?まさか私が家を出て行った日から一切何も口にしていなかったの?とてもじゃないが信じられない話だ。だけど、あの子なら有り得る話でもあるのだ。
甘く見ていた。彼のぐにゃぐにゃに捻じれた歪な愛を、重い愛を、私はどうやら見誤っていたらしい。
「あいつが目を醒ました時に、食事くらい摂れって綺夏に叱って貰わないと困るんだよ。だから、泣いてる場合じゃないだろ?」
手を伸ばして綺夏さんのたまご肌を抓んで、無理矢理相手の頬を緩めた珠々さんはくしゃくしゃに顔を綻ばせて「こんなんされても綺麗な顔だなお前。流石Apisのリーダーじゃん」と温かい言葉を吐き出した。