僕の欲しい君の薬指
相手の口から零れた短い舌打ちが宙に溶けてから三秒も経たずして、強引に手首を捕らわれて彼に押し倒された。床に泡の飛沫が散る。私を見下す天糸君は冷徹に満ちていた。
相当怒っている。この後、どんな仕打ちが待っているのか分からない。それなのに、私の心臓は呑気にドキドキと弾んでいて「天糸君を愛してる」と鼓動が叫んでいる。
「僕の元から消えたと思ったら、余所の男と浮気してたんだね。食器まで洗っちゃって、まるで奥さんみたいだね月弓ちゃん」
“心底虫唾が走るよ”
口角だけを歪に上げた相手に弁解しなくてはと考えるけれど、私が何を述べても言い訳や御託《ごたく》を並べるだけになるような気がして躊躇する。
実際、珠々さんを頼ってこの家に居候させて貰った理由はこの子から逃れる為だった。その事実は変わらない。私の身勝手でこの子をこんなにも怒らせて、私の独りよがりでこの子をこんなにも不安定にさせてしまった。
「ごめん…なさい。ごめんね、天糸君」
「何、謝るって事は認めるの?」
「違う!!!天糸君を嫌な気持ちにさせてしまった事を謝りたいの」
「ふふっ…ふふふ…アハハ…アハハハハ」
まるで壊れたお人形みたいだった。肩を揺らして乾いた笑い声を響かせる彼の姿がとても痛々しくて、胸が苦しくなる。