僕の欲しい君の薬指
「嘘でしょ、本当に全部片付けられてる…引っ越し準備が終わってる」
私を出迎えたのは、あれやこれやと思案してお財布と相談しながら購入した拘りのインテリアで装飾された部屋ではなく、引っ越して来たばかりなのかと錯覚するまでに物がまるでないガラリとした空間だった。
段ボールの山が纏めて積まれていて、一番お気に入りのソファーが寂しそうにリビングに置かれているだけだ。マネージャーさんの言葉は間違いでもなければ、私の聞き間違いでもなかったらしい。
自分の家なはずなのに、知らない他人の家に来たみたいだった。それ位、生活感を失っている空間をぐるりと見渡した。
もう一生あの子とは会わない。そんな決意を固めて出たはずなのに、数日で戻って来てしまった。そしてこの数日で、私とあの子の関係性はただの従姉弟同士ではなくなった。
結局、自分の衣服だけを段ボールに詰め込み終えた私はその日、試験勉強をして夜を明かした。上京する際は独り暮らしをするつもりしかなかったと云うのに、独りで夜を迎えた数はめっきり少なくなってしまった。
カーテンを取り外した窓からは、満天の星空が広がっている。都会でもこんな風に星が綺麗に見えるんだ…そんな些細な事にも今初めて気が付いた。休憩がてらにソファへ横臥して、届くはずがないと分かっていながらも星へと手を伸ばす。
案の定、乾いた空気だけしか掴めない。
「天糸君の病室からも、見えてるかな」
自然と口を突いて出た台詞が、念願の独り暮らしが叶った思い出の空間に溶けて消える。ほんのちょっと前までは、独りで悠々自適に過ごす日々に心が満たされていたはずなのに、すっかり独りだと寂しさを抱えてしまう体質になってしまった。
己の変わりように苦笑を浮かべ、寂しさを忘れる様に試験勉強を再開した。
そうしてあの子がいない寂寞感を募らせたまま朝を迎え、たった数ヶ月しか生活を営まなかった私のマンションの一室にお別れを告げた。