僕の欲しい君の薬指
新居に足を踏み入れた私を待っていたのは、家中に充満しているあの子の甘い香り。それから、センスと絢爛を兼ね備えたインテリアで装飾された酷く耽美な空間だった。
「涼海さん」
「あ、はい」
「事前に伺っていた通り、食器以外はリビングを抜けた先の部屋に全ての荷物をお運びしますね」
「え…え?」
「それでは失礼致します」
引っ越し業者のお兄さんがにっこりと爽やかな笑みを湛えたのを合図に、続々と私の住んでいたマンションからやって来た荷物が運び込まれていく。
呆気に取られている間に業者さんによる引っ越し作業は終わってしまった様で、慣れない家で早速私は独りぼっちになってしまった。
これから住む場所だと云うのに、緊張が解けてくれない。そこら中に漂っているあの子の香りだけが、唯一安堵感を覚えさせてくれる。何処へ視線を投げても圧倒される空間で一際目を惹いたのは……。
「これって…海月?」
淡い水色の照明が焚かれた水槽で、あてもなくされど優雅に流れている海月だった。