僕の欲しい君の薬指
鈍痛の響く腰をどうにか立たせて辿り着いたキッチンでグラスに水を注いで喉を潤す。すっかり声が擦れているし、枯れてしまったのか喉も若干の痛みがある。
「…腰が痛い」
夏休み中で良かったと心底思った。これで明日一限目から大学があるようなら絶対に行けなかっただろう。
まだ僅かに水分を欲している身体を満足させるべく空になったグラスに再び水を注いでいると、聴き覚えのある曲が鼓膜に触れて自然と視線が持ち上がった。
「あ、テレビの電源点けっぱなしだったんだ」
画面には沢山のスポットライトと歓声を浴びて、新曲のパフォーマンスを披露しているApisの姿が映し出されている。いつの収録の物だろう…過労と栄養失調で入院を余儀なくされたにも関わらず、センターで完璧なダンスを見せている彼は微塵も病み上がりの感じがない。
眩くキラキラと輝いてる彼のマイクを握っている左手薬指に嵌められているのはやはり、私が遠い昔に贈った指環。その下に、永遠に消えない傷痕があるなんてきっと誰も知らない。
私の薬指にも彼と同じ傷痕が刻まれているなんて、彼等に黄色い声を上げている人達はきっと誰も知らないのだろう。
「起きたの?月弓ちゃん。身体まだ辛いでしょ、言ってくれたらお水持って行ったのに」
私と彼だけの秘密に胸を弾ませていると、背後から愛しい香りに包まれた。