僕の欲しい君の薬指
冷静に思い返してみれば、私がいそいそと引っ越しの準備をしていても彼は何も問うてこなかった。
天糸君の事だ、本当に最初から何もかもお見通しだったに違いない。だからわざわざ私の通う大学付属の高校に入学したのだろう。私ばかりが彼に乱されて、私は一度も彼を乱せた試がない。
「月弓ちゃんと一日ずっと一緒にいられるの、いつ振りかな」
「誰のせいだと思ってるの」
「ん?僕」
「……」
「だって仕方ないじゃない。我慢できなかったんだもん」
仏頂面をしている私の頬を人差し指で軽く突いた相手が、爛々と双眸を輝かせて幸せそうに私とは対照的な表情を浮かべた。
「可愛い月弓ちゃんを見たらいつも我慢できなくなる」
「私、可愛くなんかないよ」
「可愛いよ」
「…っっ」
「今だって、世界で一番可愛い」
昨日泣いたせいで目も赤く腫れているし、化粧もしていないし、何なら寝癖がピョンピョン跳ねていてお世辞にも可愛いとは言えないに決まっているのに、この子は躊躇なく真っ直ぐにこちらを見つめて「可愛い」と形容する。
突然彼が真剣な眼差しを向けるから、不覚にも心臓がドキリと音を立てる。