僕の欲しい君の薬指
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じめじめした梅雨が始まったと朝のニュースのお天気コーナーで耳にしてから約一週間。今日が今週唯一の晴れ間だと云う情報は誤報ではなかったらしい。久し振りに顔を出した太陽の恩恵を受けるべく、大学の離れにある無人の木陰に足を延ばした。
膝の上で広げたお弁当は、本日も文句なしの彩と栄養バランスを誇っている。無論、天糸君が作ってくれた物だ。
新曲のレコーディングや振り付け練習。音楽番組の収録にメンズファッション誌の表紙撮影。目まぐるしいまでのスケジュールをこなしているにも関わらず、彼は毎日きっかり三食、私の食べる物を作っている。
天糸君がいる時は必ず二人で食卓を囲み、彼がどうしても仕事の都合でいない時は冷蔵庫に何品ものおかずが作り置きされている。流石に大学と高校では昼食の時間が違う為、お昼は毎日天糸君のお手製弁当。
新築マンションの一室で始めた独り暮らし。その隣の部屋に住んでいるのが天糸君だと云う事実が発覚して一ヶ月以上があっという間に過ぎた。彼は当然の様に私の部屋に帰宅する生活を送っている。
自分の部屋に行くのは宅配便が届く時か、着替えを取りに行く時程度で、寝る時も一つベッドの上。私を抱き締めて眠る彼を拒否できないのは、やはり彼に弱みを握られているからと云う理由に尽きる。
「……美味しい」
大学でのお昼休みが、心身共に休息できる唯一の時間だ。お箸で摘まんで口に運んだきんぴらごぼうは彼とは違って甘過ぎず、優しい味だった。
「あー、あっちぃ」
私の隣に聞き慣れない低い声がポンっと落下してきた。一口分の白米を摘まんでいる箸が止まる。視線だけを声のした方へと向けた先で双眸が捉えた人間を凝視した。
「あと二年もこんな生活とか耐えらんねぇ」
気怠そうに嘆いた人物は、つい見惚れてしまう程に美しかった。