僕の欲しい君の薬指



太くて大きな木の根元に座り込んで幹に背中を預けている相手と私の距離はおおよそ三メートル。視界の端くらいに映り込んでも可笑しくないはずの距離だと云うのに、パタパタと団扇を煽いで気怠そうな表情を浮かべているその人は、私の存在に気付いてもいない様子だ。


栗みたいな色をしている髪はよく似合っているが、どうしてか妙な違和感を覚える。



「マジ何でこんなコソコソと生きなきゃなんねーの」



独り言にしては声量が大き過ぎる。男性らしい色気が相手の所作からは滲み出ていた。手に持っていたアイスクリームを開封して頬張る動作一つ取っても、艶やかさを孕んでいた。


釘付けにされるとはこういう状況を指すのかもしれない。それくらい、私の視線は彼に留まっていた。



「あー無理無理。アイスくらいじゃ涼しくなんねぇ」



豪快に口を開いてアイスをバクリと咥えたまま、男性が空いた手で栗色の髪をぐしゃりと鷲掴みしたその次の瞬間、スルリと風に紛れる程に小さい音を立てながら髪の毛がごっそり男性の手に奪われたのだった。


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