僕の欲しい君の薬指
嵐の様な人だと思った。
「またな月弓」
自然に私の名前を呼んで、唇に弧を描く。ベルガモットの香りが、とてもとても優しかった。お弁当箱からもう一切れの卵焼きを攫った彼がそれを口に放り込む。
図々しいはずの行為に嫌悪感を覚えなかったのは、相手が榛名さんだからだろう。
「ん、やっぱり美味い。これ、お礼な」
膝の上に置かれた可愛い包みは、老舗のお菓子メーカーが生産しているキャラメルだった。本来ならばこのお礼の品は美味しいお弁当を作った天糸君へと渡るべきだけれど、素直に彼に事情を話したら変に勘違いして怒りかねないから、このキャラメルは私が食べて何もなかった事にしてしまおう。
「俺のこの姿を見たのは内緒で頼む」
「はい、誰にも言いません」
というよりも、言う友達もいないのだ。あっという間に夏休みを迎えてしまいそうなのに、まともな友人がいない現実に苦笑が漏れる。こんな私にもフランクに話し掛けて来た榛名さんにはきっと、沢山友達がいるんだろうな。
「さんきゅ」
“俺と月弓だけの秘密だな”
大きく頷いた私の頭を最後にもう一度だけくしゃくしゃと撫でた榛名さんは悪戯な微笑を残して、その場を去って行ってしまった。