僕の欲しい君の薬指
自分の胸に刻まれたキスマークを認識して頬が熱くなる。こんな印を遠慮なく、躊躇もなく付ける天糸君はやはり何処までも意地悪で残酷な子だ。
ぐしゃりと表情を顰めて相手を睨む。それでも彼は澄んだ美しい翡翠色の瞳を爛々と輝かせて、へらりと貌を綻ばせるだけ。まるでこの状況が愉快で仕方がないと云った心の声するら聴こえてくる。
「怒ってる?」
「うん」
「ふふっ」
「どうして笑えるの?」
「言ったでしょう?月弓ちゃんの持っているいかなる感情も全て僕にのみ向けられていないと嫌だって。月弓ちゃんが僕に対して怒りを覚えてくれて幸せ」
「天糸君のそういう思想、狂ってるよ」
「狂ってる?」
わざとらしく吃驚した様子で目を丸くさせた彼が、再び自らの貌を微笑で装飾してケラケラと大きな嗤い声をソファの上に散りばめた。ひとしきり嗤った彼は、できたての鬱血痕を可愛がる様に甘いキスを落とす。
時計の秒針の音がやけに耳を突く程の静けさと緊張感が部屋には満ちていた。
「僕を狂わせたのは月弓ちゃんだよ」
「何言って…「責任」」
学校で噂の的になるまでに美しい涼海君も、煌びやかな世界で群衆を魅了してやまない羽生 天も、ここには存在していなかった。
「僕を狂わせた責任、取ってよね。罪深き月弓お姉ちゃん」
ここにいるのは、狂気に脳味噌を侵食されてしまった美しい堕天使。それだけだった。