僕の欲しい君の薬指
「さっさと仕事終わらせて真っ直ぐ帰って来るね。だから、月弓ちゃんにお帰りって迎えて欲しい」
「分かった」
「約束してくれる?」
「うん、約束」
「ふふっ、やったぁ」
「月弓ちゃんが待っていてくれるならお仕事頑張れる」続けてそう漏らした彼は、にこにこしていてすっかり上機嫌だ。
これからお仕事だと云うのに、ちゃちゃっと私のお弁当や食事の作り置きをするもんだから、私の事なんて気にしないでと申し出たけれど、僕がやりたいからやらせてと頑なに拒否されてしまった。
おかげで、天糸君がいない間の私の食事は、既に冷蔵庫に眠っている。三歳年下の彼にここまで面倒を見て貰っている自分が恥ずかしい。私も料理の勉強をちゃんとしないと。
「それじゃあ行って来ます、月弓ちゃん」
「行ってらっしゃい、天糸君」
手をヒラヒラと振って、彼と別れの言葉を交わす。こんなにも彼と離れて過ごすのは、大学生になって天糸君が私の前に現れて以来初めてだ。彼が居る生活が当たり前になりつつあったから、今にも出て行きそうな彼の背中にぽっかり穴が開いた様な感覚を抱いてしまうんだ。
「あ、忘れてた」
「へ?…きゃっ」
半分まで開いていた扉から手を離して私の方へ振り返った彼が、私の腕を捕らえて引き寄せた。その拍子に傾いて崩れた身体が辿り着いたのは天糸君の甘い香りが充満している腕の中。