『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす
十七時五十五分。
待ち合わせの新宿駅に到着。
副社長から夕食のお誘いメールが届いた。
返信はしていない。
普段の口調でないことが引っかかって、何て返信したらいいのか分からなかった。
今朝のこともあって、彼と顔を合わせるのが気まずい。
けれど、避けて通れるわけではない。
ならば、どんな展開になろうとも、私は私であり続ければいいと思って。
一応、クリスマスデートなのかもしれない。
十二月二十五日のディナーへのお誘いだから。
イメージ的には高級レストランでのイタリアンかフレンチ。
もしくは、セレブ仕様の隠れ家的レストラン。
少し上品な装いでないと入れないようなラグジュアリー感の雰囲気だろうから。
だからこそ、あえて私らしい気楽な恰好で待ち合わせ場所に到着した。
背伸びして彼に合わせるのではなく、私は彼の秘書であればいい。
だから、恋人の席にいるような女性ではない私を演じきればそれでいい。
トラッド感のあるチェックのクロップドパンツにボリューミーな白いニットを合わせ、グレーのロングコートにショートブーツを合わせた、等身大の私だ。
ワンピースではないし、お洒落目なスーツでもない。
化粧も控えめで、アクセサリーもピアスとニットの中に隠してあるネックレスだけ。
どこにでもいるようなOL風の装いで、東南口改札口へと向かう。
「えっ?……カジュアル過ぎない?」
改札口脇の壁に凭れるようにしてスマホを見ている彼。
ブラックデニムにグレーのセーター、紺色のマフラーにダークグレーのロングコートを合わせ、革靴ではなくブーツ姿だ。