『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす
「響さん」
「……来てくれてありがとう」
私の声に反応するように視線を持ち上げた彼は、フッと安堵の溜息を漏らした。
「寒いから行こうか」
「……はい」
何だろう。
いつもと雰囲気が違う。
髪形のせい?
普段はワックスで軽く固め上げてアレンジを利かせている。
けれど、私の少し前を歩く彼は、お風呂上がりの自宅仕様。
さらりとした髪のままで、優しい雰囲気の彼だ。
着いた先は、改札口から目と鼻の先。
一分も歩いてないような……。
想像していたようなレストランとはかけ離れていて、若者向けの居酒屋のようだ。
「予約している仁科です」
「ご案内致します」
「……芽依?」
「あ、はい」
店内は完全個室で、宇宙空間をイメージしたつくりになっている。
店内は薄暗く、光る蛍光アートの壁面が幻想的な雰囲気を醸し出している。
「こちらになります」
「ありがとうございます」
通された個室は、『射手座』をモチーフにした部屋らしい。
もしかして、私の星座だから……?
「宴会プランになってるから、好きなものを好きなだけ食べて飲んで」
「フフッ、はい」
大学時代に戻ったようだ。
ラグジュアリーなレストランを予想してたのに、完全に彼にしてやられた感。
あっという間にテーブルの上にはお料理が所狭しと並べられ、ウーロンハイで乾杯した。
「何だか、意外です」
「こういう店に連れて来たのがか?」
「はい」
「『仁科 響』という作られたイメージはもうどうでもいいかなって思って」
「作られたイメージ?」
「ん。……俺、そこら辺にいるような平凡の男と何ひとつ変わらないよ」
「……」
「普通に居酒屋で飲んだくれることもあるし、好きな女の顔色伺って、言いたいことも言えずに見守ったりもするし」