『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす
「井上っ、如月のマンションまで大至急っ!」
「了解です」
芽依を自宅に送り届け、会社まで戻って来た井上。
とんぼ返りのように再び芽依のマンションまで車を向かわせた。
胸騒ぎがする。
俺はあいつの顔を知っている。
「悪いっ、急いでくれ」
「はいっ」
車で十五分ほどの距離。
その距離がもどかしいほどに長く感じた。
マンションのエントランス前に停車した車内から飛び出す。
「七一五号室に警備員を呼んでくれっ!」
「分かりましたっ」
俺は彼女の部屋へと向かった。
来る途中、何度もスマホを鳴らしたのに繋がらなくて。
メッセージを送っても既読にもならない。
自分の自宅へも電話したが、当たり前のように呼び出音のみ。
ただ一言。
『副社長』でいいから、元気な声を聞かせてくれ。
エレベーターがなかなか捕まらず、階段で七階へと駆け上がる。
エレベーターホールを左に曲がり、通路の一番奥の部屋。
「ッ!!芽依っ!!」
黒い革ジャン姿の男が玄関のドアチェーンを無理やり抉じ開けようとしている。
俺の声に気付いた男が、帽子のつばを目深に引き下げた。
彼女の部屋が通路の最奥というのがよかった。
俺の横を通り過ぎない限り、このマンションからは出られない。
「鮫島っ」
「………人違いです」
「っんなわけあるかよっ」
俺の横を素知らぬ顔をして通り過ぎようとした鮫島を足ドンして止めた。
壁に足を蹴りつけ、行く手を阻む。
「チッ、……何度も邪魔しやがってッ」
「それはこっちのセリフだっ」
黒い革手袋の拳が、俺の顔目掛けて飛んで来た。