『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす
両親を目の前にし、彼が誠実な態度を示してくれた。
実家までの道中、彼が何度も『大丈夫だから』と言ってくれたように。
彼の誠実さは痛いほど伝わって来る。
両親を説得できるとは思ってない。
私が仁科に嫁いでしまえば、如月の血筋を残す者がいなくなってしまうから。
無駄な抵抗かもしれない。
ミジンコ並みの加勢だろう。
それでも、彼一人に立ち向かわせるにはあまりにも忍びなくて。
「私がっ」
父親に自分の気持ちを訴えようとしたら、彼が咄嗟に手を握って来た。
『俺に任せて』と、どこまでも優しく、自信に満ち溢れた瞳で。
「無条件でとは言いません。芽依さんとの結婚を承諾して頂く代わりに、何らかの形で損のない条件を提示します」
「取引……ということか?」
「はい、絶対損はさせません」
「フフッ、そう来たか。やり手だとは聞いていたが、自ら自分の結婚に取引を持ち出すとはな」
「両社は業界の二枚看板です。感情だけで結婚できるとは思っていません」
「フッ、面白い」
「結婚もビジネス。得られるものは最大限に効率よく……がモットーだと伺っております」
父親は何でも損得勘定を前面に押し出す性格だ。
負け試合はしない。
仁科が正攻法で飛躍している企業なら、キサラギは巧みな策士の手腕で生き残って来た企業だ。
狡猾な手法であろうが、決して手を抜かない。
そんな父親の性格を逆手にとって、彼は主導権を握るように仕向けているようだ。
「いいだろう。私が納得する条件のものを持って来なさい」
「それが出来たら、芽依さんとの結婚を承諾して頂けますか?」
「あぁ」
「有難うございます。ぐうの音も出ないものをお持ちします」
「フッ、楽しみにしてるよ」