『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす
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「如月さん、副社長は中にいる?」
「はい」
「少し彼を借りるわね?」
「っ?!」
一月下旬のとある日の午後。
専務秘書の岡本さんが、副社長室に入って行った。
何の用だろうか?
仕事の用で入室する時は、わざわざあんな言い方しないのに。
『少し彼を借りるわね?』初めて言われた。
意味深な発言に思えてならない。
珈琲でも持って行く?
そしたら、さりげなく様子を窺える気がするけど。
でも、わざわざ断りを入れて入室したわけだし、何か理由があるのだろう。
岡本さんは秘書課の中でも一番仕事の出来る人だ。
副社長もそうだけど、社長にも気に入られている。
そんな彼女が、何か企んでいるとは思えない。
それでも、胸騒ぎがして……。
彼を信じないとならないのに。
消化しきれない感情が蠢いて動悸が……、気持ち悪い。
一応、珈琲を淹れようとしてコーヒーメーカーが置かれている一角まで移動し、その場に蹲る。
こんなに不安な気持ちになったの、初めて。
彼が見知らぬ女性とホテルの一室で過ごしてても、こんな風に吐気がしたことなんて無かったのに。
必死に落ち着こうと深呼吸を繰り返していた、その時。
「じゃあ、後で俺の携帯に連絡して」
「分かりました」
「ッ?!芽依っ、どうした?!」
「如月さん、大丈夫?」
副社長室から二人が会話しながら出て来た。
秘書室の一角で蹲る私に気付いた彼が、血相変えて駆け寄って来る。
「芽依っ、具合でも悪いのか?顔色が悪いぞ」
「………すみません、ちょっと眩暈がして」
「医務室行くか?」
「いえ、少し休めば大丈夫です」
「俺の部屋のソファーで休め」
「自席で大丈夫です」
「いいからっ」
「では、私はこれで失礼します。如月さん、お大事にね」