『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす
響さんが福岡に行ったのは、廃棄野菜や収穫時の廃棄部位(収穫し終えた後の枝や皮や根など出る廃棄部分)の活用プロジェクトに関して。
大量に出るそれらをSDGsの理念に則って、ユニバーサル(普遍的)なものとして取り組もうと動き出したと。
彼はいつだって先を見ている。
バイオサイエンス事業もそうだ。
新薬の開発だけでも大変なのに、既存の仕事で手一杯のはずなのに次々と新事業に着手している。
専務や常務と連携して、会社をよりよくしようと努力しているのは分かっている。
だから、専務秘書の岡本さんと密に連絡を取り合っていても不思議ではない。
だけど、副社長の秘書なのに、全ての業務を把握できてないという現実が心に陰りを落とす。
秘書執務室に提出書類を届けに行くと、秘書課の課長に捕まった。
「如月さん、ちょっと頼み事してもいいかな」
「……はい」
「来月に行われる創立記念パーティーの準備をしないとならなくて、資料室から五年前の資料を持って来てくれるかな」
「はい、分かりました」
データはパソコンの中にあるけれど、詳細資料が纏められているファイルは資料室に保管されている。
資料室へとそれを取りに執務室を後にした。
八階にある資料室。
業務のデータ化に伴い、普段は殆ど人が訪れないそこは、私が仕事で気落ちした時にこっそり逃げ込む場所でもある。
彼が女遊びした翌日や彼の噂を聞いた時など、大概は彼絡みの時だけど……。
身分証(ID)でドアロックを解除し、資料室に入る。
式典関係の資料はF棚だったはず。
部屋の奥へと進み、F棚にあるファイルを端からチェックする。
膨大な資料の中からお目当てのファイルを探し出していた、その時。
「悪いな、仕事中に」
「いえ、大丈夫です」
ガチャッという開閉音と共に、突然聞き慣れた声がした。