『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす
工場の視察を終え、社へと戻る車内。
「副社長」
「……ん?」
「………」
運転手の井上さんにバレないように、彼が私の手を掴んで来た。
触れて貰える嬉しさで押し潰されそうになる。
だけど、私をその気にさせるための手管なのだから、決して冷静さを忘れてはいけない。
振り払おうと指先に力を込めて引き抜こうとすると、それを見透かした彼が更に力を込めてぎゅっと握って来る。
もうこんな風にされたら、諦めきれないじゃないっ。
紅潮する顔を隠すために窓の外に視線を向けた。
「井上、Voyageへ車を回してくれ」
「承知しました」
「Voyageに何か御用なのですか?」
「創立記念パーティーの服を新調したい」
「……あ、はい」
Voyageはパーティー衣装専門店。
著名人やセレブも足繁く通うという有名な店舗で、響さんの行きつけの店でもある。
店舗に到着すると、井上さんを待機させたまま、彼は私の手を掴んで二階へと。
「副社長?ここは女性のドレス売り場になりますが…」
「芽依の衣装を選ぶからいいんだよ」
「えっ?」
「すみません、彼女のトータルコーディネートを」
「畏まりました。では、こちらへ」
「……副社長っ」
「百周年パーティーなんだから、スーツというわけにはいかないよ?例え秘書でも」
「っ……、分かりました」
「自分の衣装も見て来るので、三十分後に衣装合わせを」
「承知しました」
彼はもう一人のスタッフに声を掛け、紳士服売り場がある三階へと向かった。