『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす

タクシーでホテルへと戻る車内。
突然、左肩にずしりと重力を感じた。

「っ……」

副社長が私の肩に寄り掛かっている。
ワイン二杯で潰れるような彼ではない。

最近仕事が多忙で睡眠があまり取れてなかったのだろうか?
機内では五時間ほど休まれている気がしたけれど、本当に寝入っていたのかは分からない。

入社して三年。
毎日のように同じ車の後部座席で隣り合わせに座っていても、こんな風に寄り掛かられたことが一度も無かった。

どうしたらいいの?
肩を貸すだけだから、……このままでいいのかな?

途端に跳ね上がる鼓動。
さらりとした彼の髪が、私の頬にかかる。
それと、上品なフレグランスの香りが鼓動を速めるのは必至で。

前髪の隙間から覗く長い睫毛。
男性には勿体ないほどだ。

心地よい揺れと体の左側に感じる彼のぬくもり。
数分した、その時。
ほんの僅かに顔を動かした彼が、私の肩からずり落ちた―――。

「っ?!」

どうしよう……。
完全に寝入っているのか、膝枕状態に体勢が変わってしまった。

規律よく刻む寝息。
とても気持ちよさそうに寝ている。

誰もが触れたがる彼。
こんな近くにいても、まともに触れたことなんて一度もない。

ネクタイを結ぶ、カフスを着けるだとか、イベント用のマイクを装着するといった時に触れることはあっても。
こんな風に完全に素の彼に触れたことなんて一度もない。

けれど、こんなにも気持ちよさそうに寝ているのに、起こすのは申し訳ない気がして。

十分。
ううん、五分でいい。
今だけ、私だけの副社長でいて下さい。

さらさらの髪に指先を這わせ、そっと撫でるように触れた。

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