『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす

三年前の社内広報のインタビューにあった『好きな香り』というテーマに、“上品で仄かに優しい爽やかな香り”と書いてあった。
単なるリップサービスなのは分かっている。
副社長でなく、広報の人が考えた記事かもしれないということも。
それでも、可能性がゼロでないなら、それに応えたいと思って……。

それ以降、彼好みのフレグランスを探し求め、今のこの香りに辿り着いた。
香水と言えばこの香り!という王道のジャスミンの香りとはかけ離れている。

京都にあるお香の専門店の練り香。
蓮の香りは上品なのに爽やかさも兼ね備え、練り香だからもわっとするしつこさがない。

毛先や襟首、手首などにほんの少し乗せるだけ。

お色気プンプンのお姉様方とは違うかもしれない。
けれど、色気なんて最初から私には備わってないんだから仕方ない。
無いものはどう足掻いたって無理なんだから。

彼に買って貰ったドレスに着替えるために服を脱ぐ。
鎖骨の下に残された証が鏡に映り、それを指先でそっと撫でる。

「最後の贈り物がキスマークだなんて……」

記念にと、スマホでキスマークの部分だけ撮影した。

ドレスを身に纏い、ピアスとブレスレットを着ける。

「笑えてるよね……?」

鏡に映る自分を見つめ、無理やり笑顔を作る。
彼を近くで見れるのは、今日が最後。
しっかり目に焼き付けないと。

両手で軽く頬を叩き、自分自身に暗示をかける。

「よし!」

笑顔で別れるために……。

< 183 / 194 >

この作品をシェア

pagetop