『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす
再びエレベーターに乗り込んで、彼にジャケットを返す。
「あの……」
「それ、絶対外すなよ」
「……はい」
何だろう。
ちょっと怖いくらいの圧を感じる。
「そんな不安そうな顔すんな」
ポンと頭を一撫でされる。
「それ着けてれば、酔っ払い対策出来るから」
「……あ、はい」
以前、レセプション会場で泥酔した取引先相手にしつこく言い寄られ、離れた場所で女性を口説いていた彼に助けられたことを思い出した。
なんだ、……この指輪はそういう意味合いだったんだ。
あんな真剣な表情だったから、うっかり失念していた。
彼には岡本さんがいるのに。
この指輪も偽装結婚のカモフラージュなのかもしれない。
婚姻届にサインしなければよかった。
さっきまでの晴れやかな気持ちが、一瞬でどす黒く沈んでゆく。
「私、祝電の仕分けがありますので」
「あぁ、そうだな」
彼に表情を読み解かれないように会釈し、その場を後にした。
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「ありがとうございました」
「あの数を一人では無謀すぎるわよ」
「ですよね」
常務秘書の瀬川さんが手伝ってくれて、何とか開宴前に祝電の仕分けを終えた。
「如月さん、副社長放置して大丈夫?」
「そろそろ行かないと」
「私も常務の所に戻らないと。また後でね」
「はい」
瀬川さんは岡本さんに次いでキャリアのある秘書。
岡本さんと違って、当たりが優しい。
「ありがとうございました」
「いえ、他に何かありましたら、遠慮なくお申し付け下さい」
ホテルスタッフに御礼を伝え、会場内で副社長の姿を探す。