『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす

何が起きているのか、全く理解できない。
歩いている感覚が無いほど、足が震えている。

「皆様にご報告すべきもう一つは、私……仁科 響と、如月社長のご息女でもあります如月 芽依は、本日無事に入籍致しました」
「へ?」
「若輩者ではありますが、私達を……どうか今後も温かく見守って下さいますよう、お願い申し上げます」

深々と頭を下げる響さんと父親。
そして、会場内からはどっと沸き起こる歓声と溢れんばかりの拍手。
繋がれている手に力が込められ、慌てて頭を下げた。

(どうなってるんですかっ?!)
(終わったら、ちゃんと説明するから)

マイクに拾われないように口パクする。

「お二人の末永い幸せと両社の更なるご活躍をいのりつつ、ご挨拶の結びと致します」

ホテルスタッフの締めの言葉で会場内が和やかなムードに包まれた。

「芽依」
「……どういうことですか?」
「ちょっと席を外そうか」
「響君、芽依のことを宜しく頼むよ」
「はいっ」

初めてと言っていいくらい、父親の笑顔を見た。
それも愛想笑いではなく、目尻を下げた優しい顔つきの父親を。

ステージ上から下りてゆく父親の背中を見つめていると、グイっと手を引っ張られた。

「芽依、こっち」

響さんに連れられるままについてゆくと、少し前に祝電を仕分けしていた控室に到着した。

控室に入り、ドアを閉めようとした、その時。
スッと伸びて来た長い腕が、私の手よりも先にドアをバタンと閉めた。

その長い腕の持ち主に視線を移した瞬間。

「んっ……っ……」

< 190 / 194 >

この作品をシェア

pagetop