『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす

「悪い、着付けれるか?」
「はい」

前日にウォークインクローゼットに用意しておいた浴衣一式を、ベッドの上に広げた。

「悪いな」
「お気になさらず」
「浴衣、似合うな」
「っ……、そうですか?」
「あぁ」

浴衣を着ていて、着付けしづらいだろうと気遣う副社長。
彼が服を脱いでいるところを見るわけにはいかず、箱から下駄を取り出し玄関へと向かう。

先月の調印式の日以来、副社長との関係はさほど変わってないように見えるが、視線が合わなくなったように思う。
前はいつでも彼に見られている気配を感じていたが、最近はそれがめっきり少なくなったように感じる。

私としても、その方が有難い。
こんなイケメンに四六時中見られていたら、身がもたない。
それに『似合う』だなんて、お世辞であってもやっぱり嬉しい。

ドアを三回ノックし、中にいる彼に声を掛ける。

「副社長、入っても宜しいでしょうか?」
「あぁ」

寝室に入ると、浴衣を羽織り、襟元を合わせた彼がこちらを見ている。

「失礼します」

墨色の縞織の浴衣に薄墨色の角帯。
今年はシックな雰囲気の大人モテ男がコンセプト。
それに合わせるように、私の浴衣も落ち着いた色合いと柄をチョイスしてある。

腰骨の位置を確かめるように手で確認する。
あの日以来、彼に触れる。
といっても、生地越しだけれども。

長身の彼の腰の位置は高い。
帯を結ぶのにわざわざ膝を折らなくても簡単に結ぶことが出来る。

「出来ました」
「ありがとう」

扇子を手渡し、彼がそれを帯に挿す。
最後にできたしわを横に流すように指を滑らせて……。

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