『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす
「岩井っ、救護ブースってどの辺り?」
「誰か、具合の悪い人でも?」
「あ、いや違う。絆創膏を貰おうかと思って」
「なんだ。それなら、あそこの地ビールテントの奥を右に曲がって、十メートルくらい真っすぐ行ったところの左側にある」
「サンキュ」
大学時代からの友人の岩井 健吾(仁科製薬 薬品検査部)に声を掛けた。
岩井に教わった救護ブースから絆創膏を貰い、彼女が待つテラスへと急ぐ。
その足取りは、恋焦がれる女性の元に駆けて行く、そんな心境で。
研究所のテラスまで二十メートルといったところで、視界に二人の人物を捉えた。
一人は勿論、俺の秘書である、彼女だ。
そして、もう一人の人物は……。
「離して下さいっ!」
「次、会う約束したら離してやるよ」
「縁談の話はお断りしたはずですっ!」
「俺は承諾した覚えはないけど?」
「あなたが承諾しなくても、うちの両親はもう断ったと思ってます!」
「じゃあ、改めて、交際を申し込むってことでいいんじゃない?」
「はい?」
「別に縁談じゃなくても、付き合うのは自由でしょ」
「あなたに興味はありませんっ!」
「今は興味が無くても、付き合ってるうちに興味が湧くかもよ?」
「もう、いい加減にして下さいっ!この手、離してっ!!」
俺の目と鼻の先で、俺の愛おしい女性を無理やり口説こうとしているのを目の当たりにする。
「じゃあ、キスくらいさせろよ」
「は?」
「上品ぶって、キサラギの令嬢がライバル会社の秘書をしてるなんておかしいだろ」
「あなたには関係ないでしょっ!」
「あの無駄にイケメンな男に誑かされてるんじゃねぇの?」
「放っておいてっ!」
「キスさせてくれたら諦めてやるよ」
「っ……、いいわよっ、キスくらい、幾らでもしてやるわよっ!」