『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす
「レモンティーを」
「レモンティーですね。少々お待ち下さいませ」
ホテルの一階ロビー横にあるカフェラウンジ。
夜だからなのか、ジャズのしっとりとしたBGMが流れている。
テーブルの上に先ほど預かったスマホ二台を置き、鞄から手帳を取り出す。
挿んでおいた彼女の名刺をテーブルに置き、今日の日付とホテル名、服装や髪形、持ち物等の詳細を名刺裏に記す。
俳優顔負けの容姿と家柄、年収も文句なしのハイスペック。
そんな彼にお近づきになりたい女性は後を絶たなく、彼の連絡先を知りたくて名刺交換を望む女性も多い。
けれど、そんな目論見を当然把握している彼は、その中から選りすぐった女性のみと熱いひとときを過ごすのだ。
名刺を交換しても、気が乗らない女性の名刺はジャケットのポケットにしまい、気に入った女性の名刺のみ、秘書である私へと手渡すのが、暗黙の了解。
そして、その名刺に今後のトラブル対策に情報を記入するのが私の役割。
「お待たせ致しました、レモンティーになります」
「ありがとうございます」
爽やかなレモンの香りが鼻腔を擽る。
金縁に彩られたカップに口をつけ、ゆっくりと味わう。
テーブルの上に置かれたスマホ。
手元にある名刺。
そして、自分のバッグの横に置かれた紙袋。
副社長の秘書として、何一つ欠かすことの出来ないそれらは、今日も容赦なく私の心に鈍い痛みを残す。