『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす
*
「味は如何ですか?」
「旨いっ、マジで旨い。豆乳取り出した時は薄味なのかな?とか思ったけど、結構しっかり味がついてるし、鮭の塩気が絶妙だな」
「良かったです、お口に合うようで」
豆乳を使った鮭とほうれん草のフィットチーネパスタ。
彼の好みは把握しているもの。
“好きな人はいます”……初めて口にした。
この十年弱、ずっと胸の奥にひた隠しにして来た人。
彼に初めて会ったのは、高校三年の一月。
センター試験の一日目の朝。
前日に大雪が降ったこともあって、都内のどこもあちこちに除雪した雪が盛られていて……。
肌を突き刺すような寒い朝。
遅刻しないように早めに自宅を出たのに、雪による道路規制がされていて、主要道路はどこも大渋滞していた。
家から運転手付きの車で試験会場に向かっていた私は、遅刻しないようにとその車を降りて、途中から歩いて向かうことにした。
滑り止めなんて施してないローファーで歩道橋の階段を下りていた、その時。
凍っている箇所に気付かず、歩道橋の階段から転び落ちそうになった。
「大丈夫ですか?……怪我は?」
ダークグレーのロングコート姿の男性が、奇跡的に私の体を抱き留めてくれた。
センター試験という人生で大きな節目を迎える、その日。
『滑る』『落ちる』といったものを一蹴するかのように助けれくれた彼。
助けて貰ったのにパニックを起こしていた私は、御礼することも名前を聞くことすら出来ずにいた。
「試験かな?……頑張ってね」