『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす
優しい声音が耳元に置き土産として残り、彼は颯爽と駆け下りて行った。
その時、歩道橋の下から『仁科~っ!バスがもう来てるぞ~!』『遅ぇよっ、響』というのを耳にした。
彼らが乗ったバスのフロントガラスに『K薬科大学 薬学部セミナー合宿一年』と書かれたものを視界に捉えた。
自分の家が『キサラギ製薬』という結構大きな会社を経営していて、跡取りでは無いけれど、医学の勉強をしようと思っていた。
その時までは医大に行き、医師になるつもりだったけれど、一目惚れ?運命??
言葉では上手く表現できないけれど、初めて薬学部にしようかと思った瞬間だ。
製薬会社なのだから、薬学部でも将来役に立つ。
跡取りではないし、特段期待もされていない。
四つ離れた兄がいて、何でもそつなくこなす兄は、幼い頃から親の期待を一身に受けている。
だから、私が医学部から薬学部に志望変更したとしても、大して問題ないと思ったのだ。
無事に、K薬科大学 薬学部に合格し、彼と同じキャンパスで大学生活をスタートさせた。
学年が違うから会うことも少なく、大学時代に会話したことは一度もない。
たまに学食で姿を見たり、同じ講義で見かけたり、廊下をすれ違う程度で。
それでも、同じ敷地内、同じ建物にいるということが嬉しかった。
彼は大学でもかなり有名人で、容姿は勿論のこと、頭脳明晰、運動神経も抜群で。
極めつけは『仁科製薬』の御曹司だということが、何よりも付加価値を付けているのは明らかだった。
いつでも周りには綺麗な女性が溢れていて、『彼女』と噂になる女性は沢山いた。
別に彼女になりたかったわけじゃない。
友達?にもなろうだなんて、考えもしなかった。