『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす

週明けの月曜日。
七時半起床の俺は、アラームを止めてキッチンへと向かう。

普段は珈琲をセットしてから洗面所で顔を洗うのがルーティンだが、既に珈琲も落とされていて、ダイニングには朝食まで用意されている。

「本当に隙が無いな」

彼女の気配が無いということは、既に出勤したのだろう。
昨日のうちに仕事に使うスーツや靴などを一式取りに行っておいた。

一言声をかけてから出掛けたっていいのに、俺を起こさないようにと気を遣ったのだろう。
恋人というよりも、ルームシェアしているルームメイトのような括りなのかもしれない。



通常通りに出社すると、彼女は顔色一つ変えずにいつも通りに挨拶をする。
珈琲をデスクに置くのも、スケジュールを確認するのもいつも通り。
プロポーズ的なことを何度も口にしてるのに、全然意識されてないというか、完全に仕事モードらしい。

手強い。
本当に徹底している。
俺一人が動揺してるって、マジで情けない。

「副社長、九時半から来夏商戦の戦略会議が大会議室に変更になりました」
「分かった」
「それと、明日の十八時からの岡本検査機器の倉橋常務との会食ですが、体調不良によりキャンセルになりました」
「了解」

踵を返し、ドアへと向かう彼女の後ろ姿をじっと見つめていると、俺の視線を感じ取ったのか、足がピタッと止まった。

「あの、……副社長」
「……ん?」

俺に背を向けたままの芽依。

「やはり何でもないですっ、失礼します」
「……ん?何か言いづらいことでもあったのかな?」

彼女が出て行ったドアを暫し見つめて……。

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