ひねくれ令嬢の婚活事情
その時。
「おっと、失礼」
甘みを含んだ低い声が聞こえた同時に、背後からグラスを持つ手が伸びた。そして、ソフィーの顔めがけてグラスの中身がぶちまけられる。
何が起こったか分からないまま振り返ると、そこには爽やかな笑顔を浮かべたマティアスが立っていた。
「マ、マティアス様……?」
あまりの衝撃だったのか、ぽたぽたと雫を滴らせながら、ソフィーは礼儀も忘れて口をあんぐり開けている。
「申し訳ございません、つい手が滑ってしまいました。お怪我はございませんか?」
「は……はい……」
白々しくも、マティアスはソフィーの手を取り不安げな表情を取り繕って彼女の顔を覗き込んだ。
さも不運な出来事のように振る舞う彼に気圧され、ソフィーは頷くことしかできないようだ。
「風邪をひいてしまっては大変だ。急いで着替えたほうがいい」
使用人を呼び寄せるやいなや、彼女に着替えをさせるよう命じた。お嬢様の酷いありさまに驚き目を見開いた使用人は、すぐさま彼女を屋敷へと連れ帰っていく。
残されたオレリアは胡乱げに隣に立つ男を見上げた。そんなオレリアをマティアスは愉快そうに見つめ返す。
「災難だったね。あのお嬢様はちょっと思い込みが激しいところがあるから」
「……いつから聞いていらしたのですか?」
「まあ……割と最初の方かな」
ということは、ソフィーが一騒ぎを起こすまでは静観していたらしい。たちが悪い。
「悪かったね。面白い催しだったからつい見入ってしまったよ」
全く悪いと思ってなさそうにのたまうマティアスを半眼で睥睨する。彼は笑みを深めただけで怯む様子はない。